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付記弁理士 西村 知浩
私は、30歳で独立してから25年間、ほぼ一人で知的財産の仕事を続けてきました。
現在では、特許・商標・意匠などの権利化だけでなく、拒絶対応、異議申立て、無効・取消審判、審決取消訴訟、知的財産権侵害事件など、難しい案件も数多く扱っています。
しかし、最初から順調だったわけではありません。
むしろ、私の仕事人生は「楽をする」という言葉とは、かなり縁遠いものでした。
若い頃、仕事が集中した時期に、私は3週間近く、ほとんど寝ずに仕事をしたことがあります。
睡眠時間が2時間にも満たない日が続き、徹夜を繰り返したこともありました。
今振り返れば、決して健康的な働き方ではありません。
現在の私なら、同じことを若い人に勧めることはありません。
それでも、あの時期の経験が無駄だったとは思っていません。
なぜなら、そこで私は、
「仕事とは、与えられた時間の中で、どこまで責任を持って結果を出せるか」
ということを、身をもって学んだからです。
知的財産の仕事は、単に書類を書けば終わる仕事ではありません。
一つの表現、一つの技術、一つの主張が、企業の将来を左右することがあります。
期限を一日間違えれば、大切な権利を失うこともあります。
だから私は、仕事を受けた以上、
「ここまでやればいい」
という線を自分で引くことが、どうしてもできませんでした。
30歳で独立した当時、私は大きな組織の看板を持っていたわけではありません。
豊富な人脈があったわけでもありません。
営業マンがいたわけでもありません。
今のようにインターネットから仕事が入ってくる時代でもありませんでした。
仕事がなければ、自分で仕事をつくらなければならない。
依頼された仕事は、自分で考え、自分で処理し、自分で責任を負う。
一人で事務所を経営するということは、そういうことでした。
独立して初めて、
「社会は、自分が思っているほど甘くない」
ということを実感しました。
しかし、それは同時に、
「自分で積み上げたものは、自分の力になる」
ということを知るきっかけにもなりました。
私は、最初から「一人で大きな事務所をつくろう」と考えていたわけではありません。
目の前の仕事を一つずつ片付ける。
依頼された仕事について、できる限り調べる。
難しい案件から逃げない。
期限を守る。
誤字脱字をなくす。
一度関わった仕事については、最後まで責任を持つ。
その繰り返しでした。
それが10年になり、20年になり、25年になりました。
振り返ってみると、特別な近道をしたわけではありません。
目の前の仕事を、本気で積み重ねてきただけです。
若い頃の私は、
「人より長く働く」
ことを強く意識していました。
人より早く仕事を覚える。
人より多くの案件を経験する。
人が嫌がるような難しい仕事にも挑戦する。
それを繰り返しているうちに、経験値は少しずつ蓄積されていきました。
しかし、長く仕事を続けていると、考え方が変わってきます。
単純に「人の3倍働けばいい」という話ではありません。
大切なのは、
「人の3倍働くこと」ではなく、「人の3倍の価値を生み出すこと」
なのだと思います。
同じ1時間でも、経験のある専門家と、経験の浅い人では、そこで生み出せる価値が違います。
一つの拒絶理由を見ても、単にその理由に反論するだけなのか。
審判や訴訟まで見据えて、今の段階で何を主張し、何を証拠として残しておくべきなのかまで考えるのか。
そこには大きな違いがあります。
私は、若い頃に大量の仕事を経験したことが、現在の仕事につながっていると思っています。
もちろん、量だけで専門家になれるわけではありません。
しかし、たくさんの案件を経験しなければ見えてこないものもあります。
似たような案件でも、実際には少しずつ事情が違います。
同じ条文でも、事案によって意味が変わります。
一見すると簡単そうな事件の中に、実は大きな争点が隠れていることもあります。
そうした経験を一つずつ積み重ねることで、
「この案件では、ここが危ない」
「この主張は後で問題になる」
「この証拠は今のうちに押さえておいた方がいい」
という感覚が身についてきます。
これは、教科書を読んだだけでは身につきません。
仕事の現場で、実際に悩み、考え、失敗し、修正し、また挑戦する。
その繰り返しによってしか得られないものがあります。
私は現在も、一人で事務所を運営しています。
組織を大きくすることだけが成功ではないと思っているからです。
一人であれば、最初の相談から最後の書面まで、自分の頭で考えることができます。
案件の本質を自分で見極めることができます。
もちろん、一人で仕事をする以上、簡単ではありません。
しかし、その分だけ、自分自身の能力がそのまま仕事の品質になります。
だから私は、今でも勉強します。
新しい判例を読み、法改正を確認し、海外の制度も調べます。
特許だけでなく、商標、意匠、著作権、訴訟、外国制度など、必要だと思ったことは自分で学びます。
専門家として仕事を続ける以上、
「もう十分知っている」
と思った瞬間に、成長は止まると思っているからです。
私は2026年に55歳になりました。
30歳で独立してから、25年。
若い頃には、とにかく仕事をしました。
今では、当時のように睡眠を削って働くことはしません。
年齢を重ねたからこそ、体力ではなく、経験と知識と判断力を使って仕事をすることの重要性を感じています。
若い頃に大量の仕事を経験したからこそ、今は一つの仕事について、より深く考えることができます。
そして、これからは「仕事量」だけを追いかけるのではなく、
一つの仕事から、どれだけ大きな価値を生み出せるか。
そこを大切にしていきたいと思っています。
特別な才能があったからでしょうか。
もちろん、才能がゼロだったとは思いません。
しかし、それだけで25年間を乗り切れるほど、専門家の仕事は甘くありません。
私がここまで続けてこられた最大の理由は、
仕事から逃げなかったこと。
そして、
一つ一つの仕事を、自分の経験として積み上げてきたこと。
この二つだと思っています。
仕事・コネ・カネが何もないところから30歳で独立し、25年間、一人で知的財産の仕事を続けてきました。
その結果として、今では、難しい案件についても「自分で考えて戦える」と思えるところまで来ました。
だから私は、若い頃の自分に一つだけ伝えるとしたら、こう言います。
焦らなくていい。
ただし、
目の前の仕事だけは、手を抜くな。
一つ一つの仕事は、すぐには結果にならなくても、必ず自分の中に蓄積されていきます。
10年後、20年後に振り返ったとき、その積み重ねが、自分にしか持てない「強さ」になっています。
そして最後に大切なのは、
「人より多く働いたか」ではありません。
その仕事によって、
「相手にどれだけの価値を提供できたか」。
私は、これからもそこを追求していきたいと思っています。
55歳からも、まだまだ仕事は続きます。
そして、これからの25年は、若い頃の「量」ではなく、25年間で積み上げてきた「経験」と「知」を、さらに大きな価値へ変えていきたいと思っています。

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