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特定侵害訴訟代理業務
付記弁理士 西村 知浩
大企業と中小企業が特許訴訟で争う場合、そこには単なる技術的な争いだけではなく、経済力、人的資源、訴訟を継続する体力など、様々な問題が存在します。
世界的な企業であるユニクロを展開するファーストリテイリングと、一般にはそれほど知名度の高くない中小企業との間で争われた特許紛争は、その典型的な事例の一つといえるでしょう。
この事件は、ユニクロの店舗で導入されているRFIDを利用したセルフレジをめぐり、特許権の有効性と侵害の成否が争われたものです。
特許権者側は、自社の特許技術が使用されているとして権利行使を行い、ファーストリテイリング側は特許の無効を主張して無効審判を請求しました。
本来であれば、特許権侵害をめぐる問題は、裁判に発展する前に当事者間の交渉によって解決することが理想です。
しかし、ビジネスの世界では、双方の主張が対立し、交渉による解決が難しくなることも少なくありません。
特に、大企業と中小企業の間で特許紛争が発生すると、訴訟を継続すること自体が中小企業にとって大きな経営上の負担になります。
今回は、ユニクロのセルフレジをめぐる特許紛争を題材として、大企業と中小企業の特許訴訟、特許無効と侵害判断の関係、そして和解交渉における実務上の問題について考えてみたいと思います。
特許訴訟は、一般的な民事訴訟と比較しても、専門的な技術知識と法律知識の両方が要求される分野です。
特許請求の範囲の解釈、明細書の記載、先行技術との対比、被告製品の技術的構成の分析など、検討しなければならない事項が数多くあります。
さらに、特許無効審判や審決取消訴訟などが並行して進行することもあります。
そのため、弁護士や弁理士などの専門家に依頼する費用も相当な金額になることがあります。
例えば、仮に代理人費用だけで年間3,000万円(仮)を要するような訴訟であれば、中小企業にとっては極めて大きな負担です。
もちろん、これは特定の事件の実際の費用を示すものではなく、訴訟費用の負担を考えるための一例です。
大企業であれば、複数の弁護士や弁理士を起用し、長期間にわたって訴訟を継続することができるかもしれません。
しかし、中小企業にとっては、訴訟費用が本業の経営を圧迫することもあります。
特許訴訟は、ドラマの「下町ロケット」のように、中小企業が大企業を相手に正義を貫き、最後に華々しく勝利するという単純なものではありません。
現実には、訴訟を続けること自体が経営上の重大なリスクになります。
仮に特許権者側が正しいと考えていても、訴訟費用を負担し続けることができなければ、途中で和解を検討せざるを得ない場合もあります。
特許権を保有していることと、その権利を最後まで行使できることは、必ずしも同じではないのです。
特許訴訟において、特許権者にとって大きな問題となるのが、特許の有効性です。
特許権侵害を主張して訴訟を提起しても、その特許自体に無効理由が存在すれば、権利行使が認められない可能性があります。
特許法104条の3には、特許無効審判によって特許が無効にされるべきものと認められる場合、特許権者は相手方に対して権利を行使できない旨が規定されています。
このため、被告側は、侵害の有無だけでなく、特許の有効性についても争うことができます。
ユニクロのセルフレジをめぐる事件でも、ファーストリテイリング側は特許無効審判を請求しました。
2020年8月、特許庁は、訂正後の請求項1、2及び4について特許を無効とする審決をしました。
これに対して特許権者側は審決取消訴訟を提起し、知的財産高等裁判所は2021年5月20日、これらの請求項を無効とした部分を取り消しました。
つまり、特許庁では無効と判断された請求項について、知財高裁では特許権者側の主張が認められたのです。
このように、特許の有効性をめぐる判断は、特許庁と裁判所の間でも争われることがあります。
特許訴訟では、侵害の有無を検討する前提として、特許権が有効に存続するかどうかという問題が極めて重要になります。
特許権侵害の成否を判断する際には、特許請求の範囲に記載された発明の技術的範囲と、被告製品などの構成を対比することになります。
原則として、特許請求の範囲に記載された構成要件を被告製品がすべて備えているかどうかが重要になります。
いわゆる文言侵害の判断です。
しかし、実際の特許訴訟では、請求項に記載された文言を形式的に比較するだけで結論が出るとは限りません。
請求項の用語がどのような意味を持つのか、明細書や図面にはどのような説明があるのか、出願経過においてどのような主張や補正がなされたのかなど、様々な事情を踏まえて技術的範囲を解釈することになります。
また、先行技術との関係も重要です。
特許権者が主張する技術的範囲が広すぎる場合、先行技術との関係で新規性や進歩性に問題が生じる可能性があります。
特許権者としては、特許を有効に維持するためには先行技術との差異を明確にする必要があり、一方で侵害訴訟では被告製品の構成が特許発明の技術的範囲に含まれることを主張・立証しなければなりません。
ここには、特許権者にとって難しい問題があります。
すなわち、特許の有効性を維持するために先行技術との差異を強調すれば、侵害訴訟においても、その主張との整合性が問われることがあるのです。
特許権者が主張できる技術的範囲は、無制限に広いわけではありません。
この点は、特許無効と侵害判断を別々の問題として考えるだけでは見落としやすいところです。
私が特許訴訟を検討する際にも、特許の有効性と侵害の成否を相互に関連する問題として捉えることが重要だと考えています。
特許訴訟では、一審の判決が出たからといって、直ちに紛争が終わるとは限りません。
原告が勝訴した場合、被告側が控訴する可能性があります。
反対に、原告が敗訴した場合には、原告側が控訴するかどうかを判断しなければなりません。
ここで問題になるのが、追加の訴訟費用と時間です。
控訴審でも、代理人費用や技術的な検討に必要な費用が発生します。
さらに、訴訟が長期化すれば、経営者自身も訴訟対応に時間を取られます。
特許訴訟のために本業の経営がおろそかになってしまっては、本末転倒です。
一審で勝訴したとしても、控訴審で結論が変わる可能性はあります。
また、一審で敗訴したとしても、控訴審で判断が覆る可能性がないわけではありません。
したがって、控訴するかどうかは、単に法律上の勝敗の見込みだけで決められるものではありません。
追加費用、訴訟期間、事業への影響、和解の可能性、そして最終的に得られる経済的利益などを総合的に検討する必要があります。
特に中小企業では、訴訟を最後まで続けることができるのかという経営上の判断が避けられません。
特許訴訟では、判決による解決だけでなく、訴訟の途中で和解が成立することもあります。
むしろ、訴訟の長期化や費用負担を考えれば、和解による解決が双方にとって合理的な場合もあります。
ただし、和解交渉において重要なのは、単に双方が譲歩するということではありません。
裁判所がどのような心証を持っているのかによって、当事者の交渉力は大きく変わります。
例えば、裁判所が原告の特許権侵害の主張を認める方向で心証を形成している場合と、被告製品は特許発明の技術的範囲に属しないという方向で心証を形成している場合とでは、和解交渉の状況は大きく異なります。
原告に有利な心証であれば、原告側は比較的強い立場で和解条件を交渉できる可能性があります。
一方、非侵害の方向で心証が形成されている場合には、原告側は厳しい条件を受け入れるか、和解を断念して判決を求めるかという難しい判断を迫られることになります。
場合によっては、原告側が実質的に敗訴に近い条件で和解することも考えられます。
和解は、単に訴訟を終わらせるための手続ではありません。
当事者がそれぞれの主張の強弱を踏まえ、将来の事業への影響も考慮して、どのような条件で紛争を終結させるのかを決定する重要な経営判断です。
特許権者にとっては、和解によって一定の金銭を得ることができるのか、今後の事業活動にどのような影響があるのか、特許権を維持したまま紛争を終わらせることができるのかなど、様々な観点から検討する必要があります。
今回取り上げたユニクロのセルフレジをめぐる特許紛争は、最終的に2021年12月23日、ファーストリテイリング、アスタリスク及びNIPの三者間で全面的な和解が成立しました。
この和解では、ファーストリテイリング側がNIPの保有する特許が有効に存在していることを尊重する一方、アスタリスク及びNIP側は、対象となるセルフレジが特許出願の公開前からファーストリテイリングによって独自に開発・使用されていたことを確認しました。
その結果、アスタリスク及びNIP側は特許権侵害訴訟等を取り下げ、ファーストリテイリング側も無効審判請求を取り下げました。
なお、具体的な和解条件については公表されていません。
したがって、この和解によって、特許権者側がどの程度の経済的利益を得たのか、あるいはどのような条件で事業上の合意に至ったのかについて、外部から断定することはできません。
また、侵害訴訟について最終的な侵害・非侵害の判決が出たわけでもありません。
この事件で注目したいのは、特許の有効性をめぐる争いで特許権者側の主張が知財高裁で認められた後も、最終的には当事者間の話し合いによって紛争が終結したという点です。
特許権が有効であることと、相手方の製品がその特許権を侵害していることは、別の問題です。
さらに、特許権侵害が認められる可能性があったとしても、訴訟を継続することが事業上最善の選択であるとは限りません。
この事件は、特許紛争の解決において、法律上の判断だけでなく、当事者双方の事業上の利益や将来の関係が重要であることを示す事例だと思います。
最後に、特許訴訟において私が重要だと考えているのが、依頼人と代理人との信頼関係です。
特許訴訟は、提訴してから判決に至るまで、長い時間と多額の費用を要することがあります。
その間、依頼人は代理人に対して、訴訟の見通しやリスクについて適切な説明を求めることになります。
勝訴の可能性だけでなく、敗訴した場合の影響、控訴した場合の追加費用、和解した場合の条件など、依頼人が経営判断をするために必要な情報を提供しなければなりません。
特に、訴訟の見通しが当初の想定と異なってきた場合には、その状況を率直に説明することが重要です。
依頼人にとって、特許訴訟は単なる法律問題ではありません。
会社の将来や経営そのものに関わる問題です。
そのため、代理人には、法律上の主張を組み立てる能力だけでなく、依頼人の経営上の事情を理解し、適切な選択肢を提示する能力も求められると考えています。
もちろん、最終的な経営判断をするのは依頼人です。
しかし、その判断を支えるために、代理人がどれだけ正確な情報を提供できるかは極めて重要です。
大企業と中小企業の特許訴訟では、経済力の格差が訴訟の継続に影響することがあります。
しかし、経済力の差があるからといって、中小企業が必ずしも不利になるわけではありません。
特許権の有効性、被告製品との技術的な対比、先行技術の分析、侵害の立証など、個々の争点について適切な主張と立証を行うことができれば、中小企業であっても大企業と対等に争うことは可能です。
ただし、訴訟に勝つことだけを目的にしてしまうと、費用や時間をかけすぎて、最終的に事業上の利益を失うことにもなりかねません。
特許訴訟では、勝訴の可能性だけでなく、訴訟を継続することによって得られる利益と、それに伴う費用やリスクを冷静に比較する必要があります。
私は、特許権は取得すること自体が目的ではなく、事業を守り、競争力を高め、企業の利益につなげるためのものだと考えています。
その意味では、特許訴訟も知財戦略の一部です。
訴訟を提起するのか、交渉を続けるのか、和解するのか、それとも控訴して争うのか。
それぞれの局面で、法律上の判断と経営上の判断を組み合わせることが重要です。
特許権を保有する中小企業にとって、訴訟は最後の手段であると同時に、自社の知的財産を守るための重要な選択肢でもあります。
だからこそ、訴訟を始める前から、その後の展開を見据えた戦略を立てておく必要があるのです。

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