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付記弁理士 西村知浩
最近、スタートアップ・ベンチャー企業と大手企業との間の共同研究に伴う契約書について、起案やチェックをご依頼いただく機会が増えています。
私は弁理士になって20年以上になりますが、これまでに共同研究やアライアンスに関する契約書を起案・チェックした件数は、累計で200件を優に超えると思います。
共同研究契約をチェックするとき、私が特に重視しているのは、
「この契約で、将来揉める可能性のある論点がきちんと処理されているか」
ということです。
契約書は、現在の関係が良好だから作るものではありません。
むしろ、
「将来、両社の意見が食い違ったときにどうするのか」
をあらかじめ決めておくためのものです。
共同研究契約を見ていると、
本契約に定めのない事項又は本契約の解釈に疑義が生じた場合には、甲乙協議の上、誠意をもって解決する。
といった条項を見かけることがあります。
もちろん、このような条項があること自体に意味がないわけではありません。
しかし、問題なのは、
本当に揉めそうな重要事項まで「別途協議」で済ませてしまっている場合
です。
共同研究が順調に進んでいるときには、両社の関係も良好です。
ところが、研究成果が出てくると状況が変わります。
「この発明は誰のものなのか?」
「この特許は誰が出願するのか?」
「相手方は、この技術を自社製品に自由に使えるのか?」
「他社にもライセンスしていいのか?」
「共同研究の相手方が、その技術を使わない場合はどうするのか?」
こうした問題が発生すると、両社の利害が正面から衝突します。
だからこそ、
揉めてから協議するのではなく、揉める前に契約書で決めておく。
これが共同研究契約では重要です。
共同研究契約というと、
「研究費をいくら負担するのか」
「研究期間はいつまでか」
「研究者は誰が出すのか」
といった事項に目が向きます。
もちろん、これらも重要です。
しかし、私が特に注意しているのは、
研究成果が生まれた後の取り扱い
です。
例えば、共同研究によって新しい技術が生まれたとします。
その技術について、
など、さまざまな問題が発生します。
経済産業省の共同研究開発に関する資料でも、成果物の帰属・利用範囲・第三者への提供、特許出願、改良発明などが共同研究契約の主要な項目として挙げられています。
共同研究契約では、
「共同研究の成果に係る知的財産権は、甲乙共有とする」
という条項を見かけることがあります。
一見すると公平です。
しかし、実際には、
「共有にした後、どうするのか」
のほうが重要です。
例えば、
などを決めておく必要があります。
「共有」と書いたことで、問題が解決したわけではありません。
むしろ、
共有にした後の利用方法まで設計できているか
が重要なのです。
スタートアップと大企業が共同研究を行う場合、知的財産権の扱いは、会社の将来を左右することがあります。
スタートアップにとって、研究成果として生まれた知的財産権が重要な事業資産になることがあるからです。
例えば、共同研究の成果について大企業に広範な独占権を認めてしまうと、スタートアップが他の企業や他の用途にその技術を展開する際に制約を受ける可能性があります。
経済産業省も、スタートアップと事業会社との連携について、共同研究成果について十分な検討をしないまま「とりあえず共有」とすることにより、スタートアップの他分野・他用途への知財活用が制約される可能性を指摘しています。
したがって、
誰が権利を持つのか
だけではなく、
誰が、どの事業領域で、どの期間、どのように利用できるのか
というところまで考える必要があります。
共同研究契約で忘れてはいけないのが、
共同研究を始める前から存在していた知的財産
です。
例えば、スタートアップが共同研究開始前から保有していた特許、ノウハウ、ソフトウェア、データなどです。
これらを共同研究の成果と混同してしまうと、後々大きな問題になる可能性があります。
そのため、
共同研究開始前から保有していた知的財産
と、
共同研究によって新たに生まれた知的財産
を明確に区別することが重要です。
いわゆる「バックグラウンド知財」と「研究成果」の整理です。
経済産業省のスタートアップ向け指針でも、共同研究に入る前のバックグラウンド情報の範囲を明確化することが望ましいとされています。
共同研究が終了した後、
「共同研究で生まれた技術を改良した」
というケースもあります。
この改良発明について、
誰に帰属するのか。
これを契約でどこまで整理しているでしょうか。
例えば、
共同研究終了後にスタートアップが独自に改良した発明。
大企業が独自に改良した発明。
両社が再び共同で改良した発明。
これらをすべて同じ扱いにする必要があるとは限りません。
むしろ、
どのような技術的貢献によって生まれた成果なのか
を踏まえて整理することが重要です。
共同研究の成果について、大企業から、
「当社に独占的に使わせてほしい」
という要望が出ることがあります。
これも単純に、
「独占を認める」
と書けば終わりではありません。
例えば、
など、さまざまな条件を検討できます。
「独占」という一言の中に、非常に多くの論点が隠れています。
私が共同研究契約で最も重視しているのは、
将来のトラブルを予測して、それを契約書の言葉に落とし込むこと
です。
契約書は、現在の関係だけを書けばよいものではありません。
むしろ重要なのは、
「この研究が成功したら何が起きるか?」
「想定以上に大きな成果が出たらどうするか?」
「相手方がその成果を独占したいと言い出したら?」
「自社が別の企業とも共同研究をしたくなったら?」
「研究終了後に改良発明が生まれたら?」
「相手方がその技術を使わなくなったら?」
というように、
まだ起きていない未来を想像すること
です。
そして、その未来に起こり得る問題を一つずつ言語化していきます。
もちろん、すべての未来を契約書に書くことはできません。
契約締結時点では予想できない問題もあります。
だからこそ、すべてを「別途協議」にするのではなく、
少なくとも、揉める可能性が高い重要論点については、あらかじめルールを決めておく。
このバランスが重要です。
「何か問題が起きたら、そのとき話し合いましょう」
という契約よりも、
「この場合には、このルールで処理する」
という契約のほうが、将来の紛争を予防しやすくなります。
共同研究契約を単なる契約書チェックとして考えると、
「この条文は法的に問題ありませんか?」
という視点だけになりがちです。
しかし、知財を扱う弁理士の立場から見ると、共同研究契約は、
将来の知財戦略を決める重要な文書
でもあります。
どの知財を誰が保有するのか。
誰が実施できるのか。
どこまで独占させるのか。
第三者にライセンスできるのか。
外国で権利化するのか。
改良技術は誰のものなのか。
こうした契約上の選択が、その後の事業展開や知財ポートフォリオに影響します。
経済産業省・特許庁も、スタートアップと事業会社のオープンイノベーションについて、共同研究開発契約やライセンス契約などのモデル契約書を公開し、契約に潜むビジネスリスクを検討することの重要性を示しています。
私が共同研究契約の起案・チェックをするときには、単に条文の日本語をチェックするだけではありません。
その共同研究によって、
「最終的に何をビジネスにしたいのか」
を考えます。
そのうえで、
などを確認します。
そして、
「この条文のまま研究が成功したら、両社は本当に困らないだろうか?」
と考えます。
共同研究契約は、共同研究を始める前に作成するものです。
だからこそ、
揉める前に、揉めるポイントを見つける。
これが重要です。
私は、共同研究契約やアライアンス契約の起案・チェックにおいて、
将来発生するトラブルポイントを予測し、それを条項として言語化すること
を重視しています。
これは、弁理士として長年、特許・商標・意匠などの知的財産を扱い、さらに知財紛争にも関わってきた経験を活かせる仕事だと考えています。
契約書は、きれいな文章を書くためのものではありません。
将来のビジネスと知的財産を守るための設計図です。
共同研究を始めるのであれば、
「とりあえず契約書を作る」
のではなく、
「研究が成功したとき、誰が何をできるのか」
まで考えて契約を設計することをおすすめします。
知財は、研究が終わってから考えるものではありません。
共同研究を始める、その瞬間から考えるものです。

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