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付記弁理士 西村 知浩
特許出願をすると、審査の過程で特許庁から拒絶理由通知書が届くことがあります。
その中でも、実務上対応が難しいものの一つが、特許法第29条第2項に基づく「進歩性」の拒絶理由です。
進歩性の判断では、単に「本願発明と引用文献が似ているか」だけを見るのではありません。
主引用発明から出発して、当業者が本願発明に容易に到達できたといえるのか。
そのためには、引用発明同士を組み合わせる動機付けがあるのか、単なる設計変更といえるのか、引用発明の技術思想から本願発明に向かうことを妨げる事情がないか、といった点を具体的に検討する必要があります。
今回は、実際の特許拒絶対応を素材として、引用文献に一見すると本願発明に近い構成が記載されていた場合に、どのように進歩性を主張したのかをご紹介します。
※本記事では、守秘義務等に配慮して、実際の案件の技術内容を一部一般化・整理しています。
今回の発明は、暖房装置又は冷暖房装置に接続されるヒーターに関するものです。
その特徴の一つは、
内部に空間部を形成し、紙媒体で構成された筐体を有すること
です。
そして、暖房装置又は冷暖房装置から供給された温風を筐体に誘導し、その内部の空間部を加温することによって、筐体の周囲を暖房します。
つまり、単に温風を部屋全体に吹き出すのではなく、
筐体そのものを暖房媒体として利用し、その周囲を局所的に暖房する
という考え方です。
本願発明の課題は、工場、倉庫、体育館、避難場所などのような大きな空間について、空間全体を暖めるのではなく、必要な場所を局所的に暖房することにあります。
大空間全体を暖房しようとすると、大型の暖房設備や大きな設置スペースが必要となり、ランニングコストも高くなる場合があります。
そこで、
簡易かつ低コストで、空間全体ではなく局所的に高い暖房効果を得る
ことを目的としています。
ところが、拒絶理由通知では、ある引用文献に記載された放射空調ダクトが引用されました。
この引用文献には、放射空調ダクトが、
から構成されることが記載されています。
そして、上部函体については、軽量の段ボール部材、すなわち再生紙で形成することが記載されています。
そのため、一見すると、
「引用文献にも紙でできた函体が記載されているのだから、本願発明の紙媒体で構成された筐体は容易に想到できるのではないか」
という考え方が成立しそうです。
実際、拒絶理由通知では、この引用文献に記載された技術事項を他の引用文献に適用することで、本願発明に容易に想到できるとの判断が示されました。
しかし、ここで重要なのは、
「引用文献に紙が記載されている」ことと、「本願発明のように筐体全体を紙媒体で構成することが容易である」ことは同じではない
という点です。
そこで、引用文献の記載を詳しく検討しました。
引用文献では、上部函体が段ボール部材、すなわち再生紙で形成されています。
その理由として、
などが説明されています。
ところが、下部函体は違います。
下部函体は、熱伝導率の高いアルミニウム製とされています。
さらに、その下部函体の底面は室内に露出しており、放射空調ダクト内部と室内との間で熱交換を行う放射パネルとして機能します。
つまり、この引用文献では、
上部函体=断熱・軽量化のための紙
である一方、
下部函体=熱交換のための高熱伝導率金属
という、異なる材料を使い分けています。
ここが、今回の進歩性判断における重要なポイントでした。
ここで、進歩性について一つの重要な問いが生じます。
仮に引用文献の放射空調ダクト全体を、本願発明の「筐体」に対応するものと考えたとしても、
なぜ当業者は、下部函体まで紙媒体に変更するのでしょうか。
引用文献自身が、下部函体について、
熱伝導率の高いアルミニウム
を採用しています。
しかも、その底面は熱交換を担う放射パネルです。
そうすると、
「熱交換のために高熱伝導率の金属を使っている下部函体を、紙媒体に変更する」
という発想は、引用文献に記載された技術思想から自然に導かれるものとはいえません。
むしろ、下部函体を紙媒体に変更すれば、引用文献が下部函体に求めている熱伝導性・熱交換機能を損なう方向になります。
ここでは、単に、
「紙とアルミニウムは材料が違う」
と主張したのではありません。
重要なのは、
「引用文献がなぜその材料を選択しているのか」
を検討したことです。
特許庁の審査基準では、主引用発明に副引用発明を適用する動機付けについて、技術分野の関連性、課題の共通性、作用・機能の共通性、引用発明の内容中の示唆などを総合的に考慮するとされています。
また、相違点が単なる設計変更等に当たるかどうかも進歩性判断の一要素となります。
したがって、
「紙という材料自体が公知である」
というだけでは、
「この引用発明について、紙を採用することが当業者にとって容易だった」
とは直ちにはいえません。
重要なのは、
その引用発明を出発点として、その材料変更を行う理由が存在するのか
ということです。
今回の事例では、引用文献6自体が、
という材料の使い分けをしています。
したがって、その下部函体まで紙に変更するためには、引用文献6の技術思想から離れる理由が必要になります。
今回の反論では、単に「動機付けがない」と主張するだけでなく、阻害要因についても検討しました。
特許庁の審査基準でも、引用発明を組み合わせることによって主引用発明の目的に反することになったり、主引用発明が機能しなくなったりする事情は、進歩性を肯定する方向に働く要素として整理されています。
今回の引用文献では、下部函体について高い熱伝導率を有する金属材料を採用しています。
これは、放射パネルとして熱交換を行うためです。
そのため、
下部函体を紙媒体に変更することは、引用文献が下部函体に求めている熱交換機能との関係で好ましい変更とはいえない
という技術的事情があります。
そこで、意見書では、
引用文献には、下部函体を紙媒体で形成することを避けるべき技術的事情が存在する
という観点からも反論しました。
さらに別の引用文献には、ファンヒーターからの熱風をダクトに導き、ダクトから熱風を放出して床下空間を暖房する技術が記載されていました。
一見すると、これも本願発明と似ています。
しかし、引用文献3では、
熱風をダクト内に流し、排風口から放出して空間を暖房する
ことが重要です。
これに対し、本願発明では、
温風を紙媒体で構成された筐体内部に導き、その空間部を加温することで筐体の周囲を暖房する
という構成を採用しています。
つまり、両者は単に「温風を利用する」という点で共通するだけではなく、熱の利用方法そのものが異なります。
引用文献3には、さらに、ダクトを構成する部材として金属素材が用いられています。
そこで、この金属製のダクトを紙媒体に変更する動機付けについても検討しましたが、引用文献3には、そのような変更を示唆する記載はありませんでした。
別の引用文献4には、輻射冷暖房用のダクトが記載されています。
この引用文献では、輻射パネルについて熱伝導性に優れたアルミニウムなどの金属を使用することが記載されています。
ここでも、
熱を効率よく伝えるために金属を使用する
という技術思想があります。
そのため、これを本願発明のような紙媒体に変更する動機付けが引用文献4に記載されているとはいえません。
そこで、引用文献4を出発点とした場合にも、本願発明に容易に到達することはできないと主張しました。
さらに、本願の別の請求項では、筐体内部に空間を分割する分割部材を設け、その分割部材を平面視で筐体の対角線上に配置する構成を採用しています。
拒絶理由では、引用文献に記載された内側隔壁も筐体の補強機能を有するので、分割部材をどのように設置するかは通常の設計事項であるとの判断が示されました。
これに対しては、
本願の筐体が紙媒体で構成されていること
に着目しました。
紙媒体で筐体を構成すると、強度・剛性の問題が生じ、筐体が変形しやすくなります。
そこで本願では、その課題を解決するために、
筐体内部を分割する分割部材を設け、さらにその分割部材を平面視で筐体の対角線上に配置して、筐体を補強する
という構成を採用しています。
ここでも、
「隔壁を設けること自体は公知だから進歩性がない」
という単純な判断ではなく、
「本願発明の課題を解決するために、その構成を採用する動機が引用文献に存在するのか」
という観点から検討することが重要になります。
今回の事例から分かるのは、進歩性の拒絶理由に対応する際には、
「本願発明と引用文献は違います」
というだけでは十分ではないということです。
むしろ重要なのは、
↓
↓
↓
↓
↓
という作業です。
特許庁の審査基準も、進歩性について、動機付けだけでなく設計変更等や阻害要因などを含めて総合的に評価する考え方を採っています。
特許の拒絶理由通知を受けると、
「引用文献に似た技術が書かれているから、もう特許は無理なのではないか」
と考えてしまうことがあります。
しかし、進歩性の判断で重要なのは、引用文献の中に似た技術が存在するかどうかだけではありません。
その引用文献を出発点として、
当業者が、なぜその変更をしようとするのか。
そして、
その変更をしても、引用発明の目的や機能を維持できるのか。
さらに、
複数の引用文献を組み合わせることに合理的な理由があるのか。
これらを一つずつ検討する必要があります。
今回の事例では、引用文献に「紙」が記載されていたとしても、その紙は引用文献の技術思想の中で特定の役割を担っていました。
その一方で、本願発明では、紙媒体で筐体を構成すること自体が発明の重要な構成となっています。
したがって、単に「紙という材料が公知である」という理由だけでは、本願発明への到達を説明することはできません。
今回の拒絶対応では、
などを具体的に検討しました。
進歩性の拒絶理由に対しては、引用文献の「一部に似た構成がある」という表面的な一致だけを見るのではなく、その引用文献が「なぜその構成を採用しているのか」という技術思想まで読み込むことが重要です。
私は、拒絶理由通知に対する意見書では、引用文献の構成だけでなく、課題・作用・機能・材料選択・技術的動機まで掘り下げて検討することを重視しています

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