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特定侵害訴訟代理業務
付記弁理士 西村 知浩
特許権を取得したからといって、必ずしもその権利がそのまま維持されるとは限りません。
特許掲載公報の発行後、第三者から特許異議の申立てを受け、特許庁から取消理由が通知されることがあります。
このような場合には、単に「自分の発明は新しい」と主張するだけでは十分ではありません。
先行技術との具体的な相違点を把握し、その相違点が進歩性の判断においてどのような意味を持つのかを検討するとともに、必要に応じて特許請求の範囲を適切に訂正することが重要になります。
ここでは、私が代理人として対応した特許異議申立事件について、特許庁の維持決定の内容を踏まえ、どのような検討を行ったのかをご紹介します。
なお、クライアントの秘密保持の観点から、技術内容については特許公報及び特許庁の決定公報に記載された範囲を中心にご紹介します。
本件は、特許第7254401号「再生ボードの製造方法、及び再生ボード」に関する事件です。
本件特許は、2021年6月1日を国際出願日として出願され、2023年3月31日に特許権が設定登録されました。
その後、2023年10月6日、第三者から特許異議の申立てがされました。
私は、権利者側の代理人として本件特許異議申立事件に対応しました。
特許庁の決定公報には、代理人として私の氏名も記載されています。
本件について特許庁が最終的に示した結論は、
「訂正を認める」
そして、
「特許第7254401号の請求項1~9に係る特許を維持する」
というものでした。
本件で特徴的なのは、特許異議申立てを受けた後の対応が一度の意見書提出で終わっていないことです。
特許異議の申立てに対し、特許庁は2023年12月25日付けで取消理由を通知しました。
これに対して、特許権者側は2024年2月22日に意見書を提出しました。
その後、特許庁からさらに2024年5月27日付けで取消理由が通知されました。
これを受けて、2024年7月5日に意見書及び訂正請求書を提出し、その後、方式上の手続補正にも対応しました。
最終的には、2024年8月2日に訂正請求書及び訂正特許請求の範囲に係る手続補正書を提出し、申立人からも2024年9月24日に意見書が提出されました。
つまり、
特許異議申立て
→ 取消理由通知
→ 意見書
→ 再度の取消理由通知
→ 訂正請求+意見書
→ 方式補正
→ 申立人の意見書
→ 特許庁による判断
という、比較的複雑な手続を経ています。
特許異議申立事件では、最初に通知された取消理由だけを見るのではなく、その後の特許庁の判断や引用文献の読み方を踏まえて、対応方針を柔軟に修正することが重要です。
本件で問題となった中心的な論点は、特許法第29条第2項の進歩性でした。
特許異議申立人からは、複数の先行技術文献を組み合わせることによって、本件発明は当業者が容易に発明できたものであるとの主張がされていました。
さらに、特許庁から通知された取消理由では、甲4を主たる証拠とした進歩性欠如、及び甲3を主たる証拠とした進歩性欠如が問題とされました。
このような事件では、引用文献に似た技術が記載されているかどうかだけを検討するのでは不十分です。
重要なのは、
「本件発明と引用発明との間に、どのような相違点が存在するのか」
そして、
「その相違点を、当業者が容易に埋めることができたといえるのか」
という点です。
本件特許の重要な構成の一つが、繊維材料に対して熱硬化性を有する接着剤を塗布する工程です。
一方、主要な引用文献の一つである甲1では、粉砕された使用済みテキスタイルを熱可塑性繊維ベースのバインダーと混合する構成が記載されていました。
この違いは、単なる材料名の違いではありません。
熱可塑性樹脂と熱硬化性を有する接着剤では、加熱時の挙動が異なります。
特許庁の判断でも、甲1発明は熱可塑性樹脂を用いる発明であるのに対し、本件発明は熱硬化性を有する接着剤を用いる発明であり、甲1発明から本件発明に至る動機付けがないことが認定されています。
さらに、本件発明では熱硬化性を有する接着剤を用いることによって、表面に光沢感が出にくいという効果についても検討されています。
そのため、単に「繊維を粉砕して板にする」という大まかな共通点だけを見て、両者を容易に組み合わせることはできないと判断されました。
特許庁は、最終的に、本件発明1について、甲1発明及び甲2~甲10に記載された技術事項に基づいて容易に発明できたものではないと判断しています。
本件で特に興味深いのが、請求項1について行った訂正です。
訂正後の請求項1では、
「くの字状を除く平板状」
という限定が加えられました。
また、発明そのものについて、
「表面に繊維の質感が表れることにより前記表面が露出した状態で什器、家具又は建築用ボードのいずれかの構成部材に使用される、硬質繊維板である再生ボード」
という限定も追加されています。
この訂正は、単に形式的に請求項を変更したものではありません。
特許庁は、甲4に記載された発明が「くの字状」であることを踏まえ、訂正前の請求項1に係る発明との重なりを除くための訂正であると認定しています。
そして、この「くの字状を除く」という限定についても、本件明細書等の記載から導かれる事項であり、新たな技術的事項を導入するものではないと判断されました。
ここは、特許異議対応における請求項訂正を考えるうえで重要なポイントです。
引用文献との重なりを解消するために請求項を減縮する一方で、その訂正が明細書等に基づくものであり、新規事項の追加にならないようにする。
この両方を満たす必要があります。
特許異議申立てに対する対応では、
「取消理由があるから、とりあえず請求項を狭くすればよい」
というものではありません。
請求項を減縮すればするほど、権利範囲は狭くなります。
したがって、
どこまで限定すれば取消理由を解消できるのか。
そして、
その限定によって、特許権者が本来確保したかった技術的範囲をどこまで維持できるのか。
という両面から検討する必要があります。
本件では、請求項1について、
など、技術的特徴を一つ一つ整理したうえで対応しています。
訂正後の請求項1は、繊維材料を生成する工程、熱硬化性を有する接着剤を塗布する工程、「くの字状を除く平板状」に成形する工程、加圧加熱工程から構成される再生ボードの製造方法となっています。
特許異議事件で請求項を訂正する場合、進歩性をクリアできそうだからといって、自由に新しい限定を追加できるわけではありません。
訂正によって新たな技術的事項を導入してしまえば、訂正そのものが認められない可能性があります。
本件では、特許庁は、
といった限定について、本件明細書等の記載を具体的に検討しました。
その結果、いずれも明細書、特許請求の範囲又は図面の記載から導かれるものであり、新たな技術的事項を導入するものではないと判断しました。
請求項9についても同様に、
「前記表面は樹脂材料でコーティングされない」
という限定が追加されましたが、この点についても明細書等の記載に基づく訂正であると判断されています。
請求項9は、天然繊維、合成繊維及び熱硬化性を有する接着剤を含む再生ボードに関するものです。
訂正後は、さらに、
「表面に繊維の質感が表れることにより前記表面が露出した状態」
であり、
「硬質繊維板」
であり、
「前記表面は樹脂材料でコーティングされない」
という限定が入りました。
この請求項9については、甲3に記載された吸音材との関係が問題となりました。
特許庁は、甲3の吸音材が、音波を伝える空気が存在する空間を必要とすることから、密度、曲げ、弾性変形等に関する制約があると判断しました。
そして、甲3発明の吸音材を本件発明のような「硬質繊維板」とすることには阻害要因があるとして、甲3発明を出発点として本件発明9に至ることは容易ではないと判断しました。
このように、進歩性判断では、単に二つの発明に共通する構成があるかどうかだけではなく、引用発明から本件発明へ変更することについて、技術的な動機付けがあるのか、逆に阻害要因があるのかを検討することが重要になります。
本件では、甲1及び甲2を主たる証拠とした進歩性についても検討されています。
甲1では熱可塑性繊維ベースのバインダーが用いられていました。
甲2についても、合成素材を熱圧成形によって溶融し、溶融合成素材によって素材同士を結合する構成であることから、特許庁は甲2発明の合成素材を熱可塑性を有するものと認定しました。
これに対して、本件発明は熱硬化性を有する接着剤を用います。
特許庁は、この違いを踏まえ、甲1発明又は甲2発明を出発点として本件発明に至ることは当業者にとって容易ではないと判断しました。
本件では、訂正後の請求項について、特許異議申立人からサポート要件に関する主張もされました。
具体的には、ナイロン、ポリエステル等の熱可塑性樹脂繊維を含む場合や、加圧加熱工程において260℃でプレス加工する場合を含むため、発明の課題を解決するための手段が十分に反映されていないのではないか、という主張でした。
これに対し、特許庁は、提出された参考資料の記載からは、熱硬化性樹脂の加圧加熱工程で260℃に加熱するものと認めることはできないと判断しました。
さらに、職権調査の結果も踏まえ、熱硬化性樹脂については、ナイロンやポリエステルの融点より低い温度である170℃程度に加熱した金型で加工できると認定しました。
その結果、訂正後の請求項1~7及び9について、サポート要件を満たさないとは認められないと判断されました。
この点からも、本件は単純な進歩性事件ではなく、訂正の適否、新規事項、サポート要件、引用発明との相違点など、複数の論点を総合的に検討した事件であったことが分かります。
以上のような検討を経て、特許庁は、
訂正後の請求項1~7及び9について訂正を認める
とともに、
特許第7254401号の請求項1~9に係る特許を維持する
との決定をしました。
さらに決定の「むすび」では、通知された取消理由及び特許異議申立書に記載された特許異議申立理由によっては、本件特許を取り消すことができず、その他に取り消すべき理由も発見しないとして、特許維持の結論が示されています。
異議決定は2024年11月18日付けでされ、2024年11月28日に確定しています。
特許異議申立てへの対応で重要なのは、単に引用文献を読んで反論することではありません。
私は、特許異議申立てを受けた場合、
① 取消理由がどの請求項の、どの構成に向けられているのか
② 引用文献には何が記載されているのか
③ 本件発明と引用発明との具体的な相違点は何か
④ その相違点について、当業者に容易想到の動機付けがあるのか
⑤ 逆に、組み合わせを妨げる阻害要因がないか
⑥ 請求項を訂正する必要がある場合、どこまで減縮するのが適切なのか
⑦ その訂正が明細書等に記載された事項の範囲内にあるのか
⑧ 訂正後の権利範囲が、特許権者の事業上の目的に照らして意味のあるものとして残るのか
といった点を総合的に検討します。
特許異議申立ては、単なる「反論の手続」ではありません。
特許権をどのような形で残すのかを考える手続でもあります。
本件では、特許異議申立て及び複数回の取消理由通知に対し、先行技術との技術的相違点を検討しながら意見書を提出し、必要な範囲で特許請求の範囲を訂正しました。
その結果、特許庁において、
などが認められ、請求項1~9に係る特許が維持されました。
特許異議申立てを受けた場合には、取消理由通知の内容を正確に分析し、引用文献との対比を行ったうえで、反論すべきところは反論し、必要であれば訂正によって権利を適切に防御することが重要です。
特に、訂正を行う場合には、単に取消理由を解消するだけでなく、特許権者にとって意味のある権利範囲をどこまで維持できるのかという視点も欠かせません。
私は、特許出願・中間処理だけでなく、特許異議申立て、無効審判、審決取消訴訟など、取得した知的財産権を守るための実務対応にも取り組んでいます。

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